まとめ

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彼女は、
「何故、あなたが、こんなめに遭わなければならないのかわからない...」
と言って、泣き崩れた。
僕はその言葉の本当の意味を、その時理解していなかった。


「仕方ないんだ。じゃんけんに負けた俺が悪いんだ。」
彼女を刺激しないよう、言葉を選びながら続けた。
「この院生室では、じゃんけんに負けた人が弁当を買いに行く。
これは18世紀から続く矢野セミナーの伝統なんだ。」
彼女はまだ納得がいかないようだ。
それどころか、今度はじゃんけんに勝った先輩達を、
鬼のような形相で睨みつけ始めた……。


「弁当ジャンケンはどうした! 18世紀から続いている伝統だぞ!」
I氏が叫んだ。だがそれを聞くものは誰もいない。
彼が来るのが遅すぎたのだ。
一人院生室に取り残された彼は、時の流れをしみしみと感じながら
キーボードの前に座った。


そして、彼女は、言った。
「あなたは、あなたが望むようには、もう生きられないの...」
またしても、僕はその言葉の本当の意味を、その時理解していなかった。


「伝統がなんだっていうの。あなたは、あなたが望むようには、もう生きられないの...」
彼女は同じ言葉を繰り返した。
「そうか、そういうことだったのか。」
僕は端末の前に座ると、矢野セミナーの日記のソースがあるページを開き、作業をはじめた。


「もうこれ以上犠牲者を増やす事は、許されないわ。なぜこんなことするの」
私は矢野セミナーのHPを皮切りにインターネットジャングルの奥深くへと分け入る。
身体の奥の方で、レジスタンス時代の血が騒ぐのがわかる。
「雇われたからだよ。仕事だ。」午後の紅茶を一口含んでから続ける。
「おれのような人間になると、身をよけてやりすごすということが できなくなるんだよ。
そのこと自体が一種の決意だ」
「そうね」静かに言った。
「そうなのね。あなたは、自分が、自分だけが、この竜と戦えるのだと 決めている。
そして、次も、またその次も。身をよけてやりすごさないで。
そしていつかは最後の竜に出会うんだわ」


「何故、こうなってしまったのだろう?」
と、彼は普通の人なら1日に数回反芻するであろう疑問が、
こんな時に湧きあがって来た事に、苦笑する自分に苦笑していた。
そう、全ては、あの時に始まっていたのだろう。
(回想シーンへ...)


「あの頃、俺は宵っ張りだった。毎日のように終電で帰っていた。
でも、ポンキッキーズだけはかかさず見て、毎朝必ずじゃかじゃかじゃんけんをしてから大学に行っていた。
が、あの寒い冬の朝、一回くらいじゃんけんをサボってもいいかっ、
と思った日にお弁当じゃんけんに負けたのだ。」
コニーちゃんのじゃんけん姿を彼女の姿に重ねつつ、後悔の念にかられる。


そう言えば、昔、まだじゃんけんに有限体上の楕円関数の理論が使われる 以前に、こんな事があった。
いつものように手を組んで覗きこんだり、茶柱をゆらしたりして、 今まさにじゃんけんが院生室で行われようとしていた。
1回目は、グー、チョキ、パーの3つが出揃って、確か あいこになったと思う。
2回目が始まろうとしたまさにその時、タンガ姿の女が盆に 牛乳瓶を3段に重ねて持ちながら院生室に入って来たのだ。
『シツレイシマス。オゥ!!』
その女は、当然のように院生室に貼ってあった雛形のポスターを見て 動揺した。
院生室の床には割れた瓶の破片と牛乳が広がった。
我々は、目の前の惨劇を無かった事にしようと無意味な自問自答を 繰り返しつつ、しかし視線だけはその女のぞうきん掛けの滑らかな 動きに注いでいた。
誰もが手伝おうとしていた。 と同時に、誰もがぞうきんを英語に直す所でつまづいていた。
そんな時、誰かが叫んだ。
『あいこで、しょっ。』
あまりにも無防備だった我々は、為す術も無くこの不意打ち攻撃の前に 屈してしまった。
あの時じゃんけんに勝ったのは、誰だったのだろう? そもそもあの時あいこコールを掛けたのは誰だったのか?
今から考えると、あれも巧妙に仕組まれた罠だったのかも 知れない……。

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